娘にがっつり伴走しようと思った時の意外にうれしい副産物

最近、少し成績があやしくなってきた娘。
母は危機感を覚えました。
よく見てみると、
やっているように見えて、
実はあまりやっていないことも発覚。

低学年のころは横についていたのに、
少しずつ手を離し、
自分でやれるようになってほしいと思っていた我が家ですが、
「これはもう一度伴走しよう」
そう思い、
最近は娘の隣にべったり座って勉強を見る時間を増やしています。

正直に言うと、
親の伴走は大変です。

自分の時間は減りますし、
同じことを何度も説明しなければならないこともあります。

できれば、
「自分で全部やってくれたら楽なのになぁ」
と思う日もあります。

でも、そんな生活を始めてみて、
思いがけない副産物がありました。

娘がたくさん話しかけてくれるのです。
学校であったこと。
塾で感じたこと。
友達とのこと。
テレビで見たこと。
勉強している途中なのに、
次から次へと話が飛び出してきます。

以前も会話はしていました。
でも今思うと、
どちらかというと表面的な会話が多かった気がします。
ところが隣で何時間も過ごしていると、
「あ、この子はそんなことを考えていたんだ」
「そんなふうに感じていたんだ」
という、
娘の少し深い部分が見えてきます。

勉強中なので、
「今は問題に集中しようね」
「違うことを思いついても、まずは解き終わってからね」
「集中力を鍛える練習も大事だよ」
と声をかけることもあります。

でも実は、
問題を解くことよりも、
娘がぽつりぽつりと話してくれるその時間のほうが、
母にとっては幸せなのかもしれません。

あと何年もすれば、
娘は友達や部活や恋愛や、
もっとたくさんの世界を持つんだろうと思います。

今みたいに、
何時間も隣に座って話を聞ける時間は、
意外と長くないのかもしれません。

もちろん、
受験勉強は大変です。
親も子も疲れます。
成績に一喜一憂することもあります。

それでも、
娘と同じ方向を向いて頑張るこの時間は、
今しかない宝物なのかもしれないな。
そんなことを思いながら、
今日も娘の隣に座っています。