中学受験において成績を上げるとは、子供のボトルネックを何百個も取ることなのかもしれない

中学受験の家庭学習というと
「塾の宿題を終わらせる」「苦手な単元を復習する」「演習量を増やす」といったことを
思い浮かべるかもしれません。

もちろん、それも大切です。
でも最近、家庭学習にはもう一つ、
とても大きな役割があるのではないかと思うようになりました。

それは、その子がどこで詰まっているのか、
ボトルネックを見つけることです。

「算数が苦手」では、大きすぎる
たとえば、算数の成績が思うように上がらないとします。

でも、家で一緒に勉強していると、
「算数が苦手」という一言では片付けられないことが分かってきます。

解き方を理解していないのかもしれない。
解き方は分かっているけれど、計算ミスが多いのかもしれない。
問題文をきちんと読まずに解き始めているのかもしれない。
図を書けば解けるのに、面倒がって書かないのかもしれない。
間違えた問題をやり直すのが嫌なのかもしれない。
あるいは、そもそも「今日は何をやればいいのか」が本人の中で整理できておらず、
勉強を始めるまでに時間がかかっているのかもしれません。

同じ「算数の点数が取れない」でも、原因はまったく違います。
そして原因が違えば、当然、必要な対策も違います。

集団塾では見えにくい「その子だけの詰まり」
塾の先生は、多くの子どもを見ています。
だからこそ、「この単元ではこういう間違いが多い」
「この時期の4年生ならこのくらいできればいい」といったことについては、
親よりはるかに多くの知見を持っています。

一方で、毎日その子が家でどんなふうに問題を解き、どこで手が止まり、
何を嫌がり、何ならスムーズにできるのかを細かく観察できるのは家庭です。

10分で終わるはずの課題になぜか30分かかる。
同じ問題を何度も間違える。
分かっているはずなのにテストになると落とす。
宿題の量は多くないのに、なぜか毎日終わらない。
そうした小さな違和感の中に、その子固有のボトルネックが隠れています。

家庭学習には、その小さな詰まりを発見できるという
大きな意味があるのではないでしょうか。

成績を上げるとは、ボトルネックを何百個も取ることなのかもしれない
中学受験を数年間続けていれば、
一つ問題を解決したらすべて順調、とはなりません。

計算ミスが減ったと思ったら、今度は特殊算で詰まる。
特殊算が解けるようになったら、復習の回し方が問題になる。
復習方法が整ったら、今度は時間配分が課題になる。
学年が上がれば、また新しい問題が出てきます。

そう考えると、中学受験とは案外、
子どもの学習を邪魔している小さなボトルネックを、
何百個と見つけて取り除いていく作業なのかもしれません。

「もっと勉強しなさい」と言う前に、
「なぜここで止まっているんだろう?」
と考えてみる。

原因らしきものが見つかったら、やり方を一つ変えてみる。
うまくいったら続ける。
うまくいかなかったら、別の原因を考える。
詰まる → 原因を考える → 方法を変える → また観察する。
家庭学習は、この繰り返しです。

一つ取るだけで、全部が回り始めるボトルネックもある
しかも、ボトルネックには大小があります。
一問の解き方を覚えれば解決するものもあれば、
一つ取り除いただけで家庭学習全体が回り始めるものもあります。

たとえば、子どもが毎日なかなか勉強を始めないとします。
最初は「やる気がない」と思うかもしれません。
でもよく観察すると、
本人は「今日、何をどこまでやればいいのか」が分かっていないだけかもしれない。

そこで、今日やることを一覧にして机に置いてみる。
すると、自分でそれを見て始められるようになる。
もしそうなれば、取り除いたのは「今日の宿題ができない」という問題ではありません。
「自分で学習を開始できない」という、もっと上流にあったボトルネックです。

こういうものを一つ見つけると、学習時間、演習量、親の声かけなど、
いくつもの問題がまとめて改善することがあります。

だからこそ、単に「できなかった問題をできるようにする」だけではなく、
どこに大きな詰まりがあるのかを探すことが大切なのだと思います。

最後は、自分でボトルネックを取れる人になってほしい
もちろん、小学生のうちは親が見つけるボトルネックも多いと思います。
でも、親が永遠に子どもの問題を見つけて解決し続けるわけにはいきません。

家庭学習を通じて、
「なんで今回はうまくいかなかったんだろう」
「私はここで時間がかかっているな」
「じゃあ、次はこうしてみよう」
と、少しずつ本人が考えられるようになったらいい。

親が何百個ものボトルネックを一緒に取り除く過程そのものが、
自分の詰まりを自分で発見し、自分で改善する方法を教えることにもなるのかもしれません。

中学受験の家庭学習というと、どうしても「何時間勉強したか」「問題集を何周したか」に
目が向いてしまうかもしれません。

でも、本当に大切なのはそれだけではない。
家庭学習の意味は、その子だけのボトルネックを見つけること。
そして一つずつ取り除きながら、最終的には自分自身で学び方を調整できるようにしていくこと。
そう考えると、親が家庭学習を見る意味も、少し違って見えてくる気がしています。
今の親の大変さがやっぱり報われるのかなって思えてきます!